仮想通貨の憂鬱

エッセイ

吉祥寺は雪が降り始めた。

なんだか憂鬱な気持ちで仕方なかったので、重い体を起こして外へ出る。

ツイッターを開くと、仮想通貨のことばかりタイムラインに流れてくる。

(当たり前だ、そういうアカウントばかりフォローしているのだから)

それもどうも暗いニュースが多い。

コインチェックは少しずつ補償に向けて動き出しているように見えるが。

男を見せるのか、若干27歳の和田社長。

一方で、デマであろう噂も飛び交う。

「コインチェックは破産準備をしている」,,,そんな話だ。5ch(旧2ch)に書き込まれた情報にすぎない。

けれどみな平静ではいられない。

それもそうだ。全財産が今コインチェックに抑えられたままの人もいる。お笑い芸人にも、いた。

コインチェック騒動が明るみに出たとき、コインチェック社の前には人だかりができて、そして怒号が飛んだ。「金返せ」と。

ー投資は自己責任でー

とはいうが、それでも彼らにどこかシンパシーを感じてしまう。

僕だって、貯金に余裕があったなら、大きなお金を仮想通貨に変えていたかもしれない。

長い時間をかけて貯めたお金を「一発逆転」にかけてコインを買った人も多かっただろう。

彼らのことも、和田社長のことも、心配になってしまう。

今、駅前のスターバックスでこの文章を書いている。

男性店員が新人のバイトに注意をしている。

「使ったら、ここだよ。必ずここに戻して」

ちょっと厳しめの口調だ。

こういう現場を見ると、僕の思考は決まってこのパターン。

「これもいつかは全部AIにとってかわるんだろうなあ,,,」。

テクノロジーの進化のスピードは目覚しい。

科学者と、それからビジネスマンたちはついに「労働からの卒業」を予言し始めた。

AIによって労働が全て取って代わられ、そして人類は労働をせずとも、ベーシックインカム(支給される収入)を手にする。

そんな時代が本当に来るのだという。

それは頼もしいようで、やはりどこか怖い。

こういう話を妻にすると、

「怖くなるからもうその話やめて」と言われる。

僕は、

「怖くないよ、労働をしてその対価をもらうっていうのは意外と最近の話で、それが当たり前って思ってるけど、意外とそうでもないんだよ。」

本でかじった知識でそう彼女に答える。当然、彼女は聞く耳を持たない。

夫としては妻とただ未来の話をしたいだけなんだけど、それも叶わない。

それは「妻が後先を考えない人間だから」だとか、そういうことが原因じゃない。単純にやはり「怖い」のだ。

テクノロジーは魅力的だ。進歩すればするほど、僕らの暮らしはスムーズで無駄のないものになっていく。

けれど、仮想通貨ひとつとっても、それは僕らの手に負えない「モンスター」に思える。

「怖い」という妻の反応は、至極当然のもので、むしろ僕のワクワクする気持ちなんかよりもずっと適切なのかもしれない。

シリコンバレーのある団体は「テクノロジーを神とする宗教」を創設したという。

テクノロジーが神だとするなら、そりゃあ人間の手には負えないのは当然だ。

僕らがコントロールできるものだと言うなら、そんな存在は神とは言えない。彼らの考えは「いつかテクノロジーが人間をコントロールするようになる」ということなのだろう。なるほど、それは確かに神のようなものかも。

テクノロジーが人類と仲良くなるまではまだまだ時間がかかりそうだ。荒々しい姿を僕らに垣間見せて、「お前らがそう簡単に扱えるものだと思うなよ」と威嚇しているようにすら思える。

時代の変遷を見届けたい。それは楽しい。

けれど、うかつに触れば火傷しそうでまだまだ怖い。ギャンブル感はあって、楽しいだろうけれど、それじゃあ「暮らし」には馴染まない。

テクノロジーが暮らしに馴染むのが待ち遠しい。家の中で、「この街に行くならこのコインを買っとくといいよ。お得だし、街の人の暮らしがそれで潤うんだ」,,,だとか、そんな会話がしてみたい。

期待しつつ、今日は少し憂鬱な夜だ。

 

冨森(ともり)ひろき