家入一真のツイートから考える。「宗教」と向かいあう時が来た

エッセイ

ともり ひろき(@HirokiTomori)です。

家入一真氏をご存知だろうか。

この数年ほどは、空前絶後の(このフレーズ、サンシャイン池崎さんのせいで言うの恥ずかしくなったな)のクラウドファンディングブーム。

これは「評価経済」の流れだ。

自分の評価、フォロワーの数をそのまま換金できるしくみが増えいる。

クラウドファンディングとはそのしくみの一つ。

「こんなアイデアがあるんですが、そのためにお金をくださいませんか」

とネット上で不特定多数の人に呼びかけ、資金調達をする。

アイデアさえ面白ければ、お金が集まる。実力勝負の経済。つまり評価経済だ。

日本のクラウドファンディングサービスは多いが、その中でもCAMPFIRE(キャンプファイア)は有名だろう。そして、CAMPFIREの代表が、今日紹介したい家入一真(いえいりかずま)氏だ。

昨日の家入氏のツイートに、僕は「うわあ」と唸ってしまった。紹介させていただきたい。

宗教の本質について問うようなツイートだった。

インターネットは中央集権(ちゅうおうしゅうけん)の仕組みを破壊しつつある。

国のトップから発信される情報とルールを、半ば盲目的に受け取る。この仕組みがいま、変わろうとしている。

インターネットによって、横のつながりを持てるようになった。これまでマイノリティで寂しさを感じていた層も(例えばLGBTなど)、お互いを容易く発見することができる。

だから、今後は「小さいコミュニティ」が増えるだろう。それは仮想通貨ブームとも連動している。「1コミュニティにつき1仮想通貨」のような世界が待っているかもしれない。

そこで僕らはもう一度「宗教」の存在価値について考えるべきだ。

宗教がもたらすもの

家入氏が言うように、オウム真理教の失敗は僕らはそう忘れられない。オウム真理教が社会現象を巻き起こした時、国民は彼らをポップに扱ってしまった。「なんだ、いけるじゃん」と。

動画 youtube

こんな番組が地上波で放映されていた。とんねるずとジョークを飛ばす麻原氏をみて、若者たちも宗教のトップに立つ人間へ親近感を持ったことだろう。

そして、大失敗した。

地下鉄サリン事件の一発で国民は深く傷ついてしまった。トラウマを負った、と言ってもいい。

暴かれていくオウム真理教の反社会的な組織体制に、裏切られたような気持ちにすらなっただろう。

メディアも猛反省を強いられた。だから、「新興宗教=反社会的カルト団体」のレッテルをこれでもか、とはった。

ただ、今、宗教の存在意義について学ぶ時が来ている。

なぜこんなにも町には教会が多いのか、なぜ神社やお寺が多いのか。

そこそも宗教とそしてその集会場所はその土地のコミュニティ形成のために大いに貢献している。

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。(新約聖書)

孤独な人、コミュニティに漏れてしまった人を、宗教は温かく迎える。

人が集いそこで生活を営む。音楽や美術で表現するテーマを与えられ、自分の存在意義を肯定することができる。特定の信仰を持つことで、人は幸福度をより高く保つことができる。

つまり、これからの世の中のシステムと大いに合致する。小さいコミュニティ作り、とは宗教がずっとやって来たことだ。

僕は「宗教をやれ」というメッセージを今伝えたいのではない。

「オウム真理教で負った傷と失敗に向かいあう時が来たのではないか」という提案をしているに過ぎない。

宗教のシステムから学んだことを、小さいコミュニティ作りにうまく役立たせることが可能だろう。宗教団体がカルト団体に変わっていく原因も知る必要がある。同じ失敗を繰り返さないように。

宗教は悪いものか。「宗教とかそういうものとは違うんです」というセリフは安易ではないか。そう言いながら僕らはなぜお寺と神社には通うのか。カルトとは何か。「宗教=悪いもの」としてゴミ箱に切り捨てる瞬間に、大事なものもそこに含まれていないか。

学ぶべきポイントはあまりに多いように思える。テクノロジーがもたらす新しい僕たちの暮らしを平和なものにするためにも。

 

冨森(ともり)ひろき