「ゆとり世代」と上司たちの戦い

エッセイ

冨森(ともり)ひろきです。

「ゆとり世代」って言葉、あるよね。僕のことです。最初のゆとり世代でした。

あれ、なんていうか、死語だよね、もう。

こんなドラマもありましたが。

僕もミーハーなもので、全部見てしまった(いや柳楽さんの演技素晴らしかった)。

このドラマが出て来た時点で、

「ああ、時代がちょっと前に行ったな」

と思った。それがいいとか、悪いとかじゃなくてね。

ほら、お笑い芸人が「今あのネタやったらちょっとオモロイ」とかいうでしょう。「今がちょうどいい芸人」みたいな。ギャグとかネタとかって流行ると、一気に飽きられてしまう。で、みんなが忘れかけてる頃にやると面白い、っていう。

「ゆとりですがなにか」もそれかと思えた。

「今、ちょっと面白い言葉」になったな、って。つまり、ちょっと前に進んだって。

今、「ゆとり」って何だったんだろうって整理がつけられる時なんだと思う。

 

「これだからゆとりは」

僕が新卒で働き始めた頃、とにかく何かにつけて上司に言われたセリフがある。

「これだからゆとりは」。

書類を書くのに小さなケアレスミスしても「これだからゆとりは」。

契約とり逃しても「これだからゆとりは」。

今思うと本当にテキトーに怒られてたなあと思う。

(上司がドヤ顔でそのセリフを言うのも、今思えば謎だ)

「ゆとり」たちと、上司たちの、思考のズレは、とにかくお互いストレスだった。

今の40、50代のサラリーマンたちは、ステータス主義だったという。物がない世代の名残があって、「物質」を勝ち得ることでとにかくエクスタシーに浸ることができた。

彼らの口癖は、「今の子たちって、車に興味ないんでしょう?」。

そう、ない。

むしろこっちにしてみたら、

「エッ車を買うことがステータスだったんですか?正気ですか?」って言うレベルだ。そのくらい彼らとは差があった。

 



youtuberにミニマリスト,,,

僕たちが生まれた時代は、もう物に溢れていた。

ミニマリスト(物を持たない主義を貫く人たち)なんていうの出現してるくらい、物に対して執着がない。

それから、野心がないわけじゃないけれど、野心の使い道が違う。

野心は、「耐えて耐えて、すげえ車買おう」には生かさない。

今すぐに好きなことをして、好きなことで稼いで、そこからまたさらに好きなことを拡張していく。

「物質的なもののために今はぐっと耐えよう」なんていう考えは極めて希薄だ。

ゆとり世代と、上司たちたちの戦いはこのギャップから生まれたものだと思う。

このギャップにイラついた上司たちは、「ゆとり教育のせいで、とんでもないナマケモノが大量生産されてる」と思ったことだろう。

でも、中身はちょっと違う。

不良品が生まれたわけじゃなかった。ただただ、時代がうむ、価値観のギャップだったんだと思う。ゆとり教育が問題というより、時代が変わりつつあるのにみんなが十分気づけていなかったことが問題だった。

おそらく、あの時、僕に「これだからゆとりは」と言った上司たちも「ゆとり」を理由に誰かを攻撃したりはしていないはず。

僕らの世代の一つの象徴とも言えるyoutuberたちがものすごい大金を稼いでるのを知っているだろうから。「今すぐに好きなことをする」ということが「アリ」なんだと、きっとわかるはず。

(youtuber、増えすぎちゃったけどね)

つまり、ようやく全体像が浮かび上がってきた。あの時のギャップは何だったのか、って。

当時は「これだからゆとりは」という言葉にいちいちイライラしてたものだけど、今は少し、距離をもって落ち着いて考えられる。

お互いがもう少しすり寄れるようになるといいなと思う。